| Interview
Tropics

悲しみとカタルシス。
ギター・グルーヴへの回帰、生々しい音像。最新作『Reality Fever』に見る、Tropicsの現在地。
– あなたのことを初めて知る人も多いと思うので、これまでのキャリアを振り返りつつ、最新作『Reality Fever』についてお話を伺っていこうと思います。
早速ですが、プロフィールでイギリスのサウサンプトン出身という情報を見ました。簡単に、この街がどんな街か教えていただけますか。
サウサンプトンのこと聞かれたの、めちゃくちゃ久しぶりだよ。もう13年以上も住んでないからね。僕が育ったのは郊外の方で、ちょっと住宅地っぽい、村みたいな感じの場所なんだ。
大学時代は楽しい思い出がいっぱいある。周りにいた友達は最高だったし、すごくクリエイティブで才能あるミュージシャンがたくさんいたんだ。当時は、音楽に集中して制作したり、友達とコラボしたりするための刺激的な土台があった。あの“コミュニティ感覚”はなかなか無くて、年取ると失われがちだけど、懐かしいなと思うよ。
結局、自分も含めて友達みんなサウサンプトンじゃ物足りなくなって、ロンドンに行く必要があると感じていた。特に音楽を真剣にやるなら、より大きなシーンやインスピレーションをもらえる都会的な生活が必要だったんだよね。
– キャリアの初期、チルウェイブやローファイ・エレクトロニカのシーンで活動を始められました。当時のベッドルーム・プロデューサーとしての活動は、Tropicsというアーティストの音楽的アイデンティティにどのような影響を与えましたか?また、当時のシーンで特に影響を受けたアーティストや作品はありますか。
10代後半から20代前半にかけては、色んな種類の音楽を作っていた。たまたま、自分のプロフィールにチルウェーブっぽい曲がいくつかあった時にレーベルと契約が決まって、周りの人たちもそれを続けるように勧めてくる感じだったね。
Toro Y Moiみたいなアーティストには間違いなく影響を受けていたけど、同時にその頃〈Warp〉 からリリースしていたActressみたいな、より抽象的な作品からも影響を受けていたな。ローファイなテクスチャーと、キャッチーでハマりのいいトップラインのボーカルを混ぜたいと思っていたんだ。時々、変な組み合わせだなって思うけど、たまにそれがうまくいったんだよね。
– 2ndアルバム『Rapture』をリリースされた頃、音楽活動の拠点をロサンゼルスに移されましたね。このアルバムではよりアップテンポでダンスフロアを意識したサウンドに変化されていますが、LAという新しい環境が、サウンドの変化に影響を与えた部分はあるのでしょうか。
LAでの生活は間違いなく僕を全く新しい雰囲気の中に放り込んだし、「真剣にやって、ヒット曲をいくつか狙おうぜ」っていう気合いが入った。結果的にはそうならなかったんだけど、個人的にはこの作品が自分の表現の自由度やセンスにおいて、一番しっくりこなかった試みだったと感じてる。
当時は、音楽的に自分が何をしたいのかよくわからなかったと思う。エレクトロニックな分野で面白いことをやりたかったんだけど、レーベルからは僕のボーカルやキャラクターを通してもっと「メインストリーム」な、いわゆる「オルタナティブ・ポップ」みたいな方向へっていうプレッシャーを常に感じていたんだ。ユニークで本物であることは保とうとしたけど、サウンド的にはよりソフトで感情的なレコードの一つになったね。挑戦してみる必要はあったと思うけど、実はあまり好きじゃないんだ。
– 3rdアルバム『Nocturnal Souls』は、初期のチルウェイブから、後年の『Nothing Strange』で追求されたミニマルなエレクトロニック・サウンドへと続く、あなたのキャリアの重要な転換点だったように思います。ご自身では、このアルバムをキャリアのどの位置にある作品だと捉えていますか。
この作品は重要なターニングポイントだったと感じるし、みんなが一番コメントしてくれるレコードでもあるんだ。『Rapture』の後、僕は一種の燃え尽き症候群になって、リセットが必要だった。それで、古いイタリアのレコードを深く掘り下げて聴き始めたんだ。当時の友達がいつもそれらをプレゼントしてくれたおかげで、そのトーンやムード、そして自分でそういうものを作ってみようっていう挑戦にすごくインスパイアされたんだ。
あと、僕はAir、Massive Attack、Portisheadといった90年代のチルミュージックを聴いて育ったんだ。彼らの多くも、ああいうアイデアを取り入れたりサンプリングしたりしてたよね。ローズピアノや、グルーヴィーなベース、ドラムブレイクを通した、あの雰囲気。あのサウンドにはいつも繋がりを感じてたんだ。
– 4thアルバム『Nothing Strange』は、これまでの作品と比べて、シンセサイザーが中心のミニマルで実験的なサウンドに大きく傾倒した作品でした。この方向転換は、特定の表現を追求したいという強い意志があったのでしょうか。
このアルバムは僕が5年間何もリリースしてなかった時期にできた。パンデミックがあって引っ越しをして、特に他のアーティスト、ラッパーやR&Bシンガー、USのメインストリームの人たちのプロデュースに集中してた。時々、R&Bやオルタナティブ・ポップに合うような、もっとレフトフィールドなエレクトロニックなアイデアを作ることもあったけど、一部のアーティストにはボツにされちゃったんだ。
それでも僕はそれらがすごく気に入っていたし、友達もそうだったから、このアルバムは、そういったエレクトロニックなビートをいくつか積み重ねて作り上げていったんだ。
– LAという場所の現実、それこそが “Fever (熱)” なんだ –
– そしていよいよ、今年リリースの最新作『Reality Fever』について。まずはリリースおめでとうございます。世に放たれた今の率直な気持ちを教えてください。
実は何年も前からこういうアルバムを作りたかったんだよね。だから本当に満足してるよ。今回初めて、全てをスタジオでやって、常にスタジオを使える環境があった。自宅でデモをスケッチして、スタジオで完成させるという良い流れができたんだ。25〜30曲くらい録音してそれを厳選した。他のアルバムみたいに、何かを書いてすぐに別の何かを書いて、それを積み重ねてアルバムにするっていうやり方とは違った。
最近、ボツになった曲のいくつかに戻ってみたら、それらがもう一つアルバムになる可能性を感じていて、普通、アルバムを出した後は完全に違うことを試したくなるんだけど、今はこのサウンドをさらに構築して、もっと奥行きや形、対極的なセクションを探求することに集中したいと思っている。初めてのセルフリリースだから、良いスタートが切れて最高だね。
– 『Reality Fever』というアルバムタイトルですが、とても示唆的ですよね。
タイトルは、このアルバムの中で歌詞的に一番目立っているいくつかのトラックを表現する言葉のリストを考えているときに思いついたんだ。
LAにしばらく住んでいて、毎朝スタジオまで車で往復してたんだけど、それが一日の始まりとしてすごく混沌としてるって感じていたんだ。LAってそういうところなんだよね。一見ヤシの木があって平和なように見えるけど、めちゃくちゃ混沌としていて、不安をかき立てられることもある。風景、社会的な慣習、都会的な側面、その全部。平和とインスピレーションを見つけるために行ったこの場所の現実が、突然、僕の心身の不健康な状態を作り出していた。それがFever(熱)なんだ。意識的、あるいは潜在意識的な表現の最も劇的な形として、それがこのアルバムで僕が向き合ったものだと思う。今は気分も良くなったし、プロセスとしてはスッキリしたよ。
– このアルバムは、これまでの作品と比べて、ライブで演奏されることをより強く意識して作られたように感じました。実際に、ライブでのパフォーマンスを想定して制作した部分はありますか。
うん、もちろん。スタジオで目を閉じて、聴き返して、パフォーマンスのイメージを描くことが本当にできたのは久しぶりの作品だね。それをどう実現するか、今まさに構築してる最中なんだ。特に日本では、いつも大規模で熱心なファンベースがあるから、ぜひパフォーマンスしたいと思ってる。生楽器、ビジュアルの没入感、そして手頃さの適切なバランスを見つけようと取り組んでいるところだ。
– 私生活と悲しみが僕の記憶、そしてこの作品と強く結びついている –
– 1stアルバムから最新の『Reality Fever』までを振り返ると、改めてあなたの表現の幅広さを感じるわけですが、逆に全ての作品に共通して持っている感覚やキーワードのようなものはありますか。
間違いなく“メランコリー”と“内省的であること”だね。全作品を通して、明るい瞬間と暗い瞬間があると思うけど、僕はほとんど常に短調コードの形で制作するんだ。それは本質的に物思いにふける、劇的な、あるいは雰囲気のあるものだ。それが僕について何を語っているのかは分からないけど、それが僕の創造性や内なる表現を刺激するんだと思う。普段の僕は、かなりローエナジーでゆったりとしたハッピーな人間だよ。でも、人間の状態や実存主義に関連した、もっと強烈でメランコリックな何かが、何らかの形で外に出る必要があるんだろうね。
– ご自身では、今回のアルバムはこれまでのキャリアの集大成だとお考えですか。それとも、全く新しいスタートラインだと捉えていますか。
すごくいい質問だね。どっちの可能性もあると思う。たぶん両方だ。ある視点から聴くと、これまでのアルバムで探求してきたこと全部を、まとまりのある形で雑然と再解釈したものに聞こえる。またある時には、僕は今始まったばかりで、音楽制作者としてずっと望んでいた自分と到達点のまさにスタートラインに立っていると感じるんだ。
– あなたのYouTubeチャンネルには今回のアルバムの楽曲のMVがいくつかアップされていますね。概要欄を見ると、“Directed by Tropics” と書いてありましたが、普段から映像制作などもされているのでしょうか。
いや、今回が実質的に初めてだよ。自分のレーベル〈Modern Entity〉を立ち上げて、全部そこからリリースするって決めた時、完全なクリエイティブ・コントロールがあることに気づいて、頭の中が解放されたんだ。それで、シングルのことを考えるたびに頭に浮かんだビジュアルのアイデアを、ただ楽しんで作った。シングルやアルバムのアートワークも同じだよ。僕と彼女が写真を全部撮って、俺が求めていた美学を得るために処理・編集したんだ。すべてを100%自分だけでやったのは初めてだけど、驚くほどうまくいった。他のどのレコードよりも、この制作過程を一番楽しんだと思う。だからこそ、さらにこれを発展させたいと思ってるんだ。
– 楽曲制作のみならず、映像表現をも行うあなたにとって、作品作りとはどのような意味合いを持ちますか。そして、そのような表現の活動を通して実現したいこと、達成したい目標などがあれば教えてください。
それが自分の作品をどう捉えるかに、すごく強い意味を持っていることに気づいてる。でも、それが時の試練に耐えられるか、数年後に「ああ、これでもまだ満足してる」と言えるかを見てみたいんだ。僕がこれほど強く感じるのは、すべてをやり遂げるまでの道のりだと思う。全部をやり遂げる自信を持つこと、アルバムを書き、プロデュースし、ミックスし、アートワークを作り、すべてをリリースすること。
あと、僕はこの時期に、すごく親しかった父を突然亡くしたんだ。それはアルバムを完成させて、ビジュアルの計画を立て始めた直後に起こった。私生活、悲しみなどがこの記憶と結びついていて、決して忘れられない一年になったよ。でも、父は僕の最大の理解者の一人だったし、この結果をすごく誇りに思ってくれるって分かってる。
今後も、ビジュアル的にも音楽的にも、自分のクリエイティブな表現に対するコントロールをすごく大事に持ち続けるつもりだよ。

– 最後に、リスナーには『Reality Fever』をどのようなシチュエーションで聴いてほしいですか。また、このアルバムを聴くことでどのような感覚や感情を抱いてほしいと願っていますか。
『Reality Fever』は車の中で大音量で最初から最後まで聴かれるために作ったんだ。というのも、僕がスタジオへの往復でたくさん運転してたから常に車で聴いて、カースピーカーで大音量で流してたんだよ。それがサウンドを形作ったとも言える。要するに、自分の車で大音量で再生されるように狙って作られ、ミックスされたんだ(笑)。でも、良いヘッドホンをして暗闇の中で、好きなご褒美と一緒に聴くのもいい方法だと思うな。
僕のくだらない話にここまで付き合ってくれて本当にありがとう。




