| Interview
Chanel Beads
− ずっと、インターネット空間が重要な場所だった −
– 初めに簡単な自己紹介をお願いします。
こんにちは、Chanel BeadsのShaneです。
– ニューヨークのシーンといえば古くはTalking Heads、00sはThe StrokesやYeah Yeah Yeahs、近年だとParquet CourtsやGeeseなど、都会の洗練された空気とDIYスピリッツを感じるアーティストをたくさん輩出してきました。リバイバルと進化のバランスをうまくとりながら今に至るのが特徴的な地域だと思いますが、あなたの音楽からもそのようなバランスを強く感じます。現在のスタイルに至った経緯を教えてくれますか。
僕の音楽がどんなリバイバルの一部なのかは自分ではあまりわかっていないかな。ニューヨークに来てまだ3年くらいしか経っていないし、どの程度影響されているかはわからないけど、間違いなくこの街の気質は自分に影響を与えていて、それは良いことだと思っている。この街にはエッジがあり、物事を鋭くしてくれる要素がある。さっきリバイバルって話をしていたけど、ニューヨークから発信されるものには過去を反映しつつ、それに少し変化を加えたようなものが多かったりもするよね。
自分の場合は土地に影響されていることもあるんだろうけど、どちらかというとインターネットの世界にずっと興味があって、若い頃からインターネット空間が音楽制作にとって重要な場所だった。だから今ほど、住んでいた場所のことは考えていなかった。でも今はなるべく長くこの街に居続けられたら良いなと思っているよ。
– まだニューヨークに来てから数年しか経っていないとお話していましたが、それまではどんな場所で過ごしてきたのでしょうか。
18歳になったときにモンタナに4年、それからシアトルに4年くらい住んで、今はニューヨークだね。いろんな都市を移動しながら生きてきたということもあって、特定の都市に影響を受けたという意識があまりないんだ。
– 今のNYでは「Indie Sleaze」と呼ばれる60-70s周辺の気怠く小汚いファッション、ユースカルチャーをレファレンスにおいた、90年代後半から2000年代初期に流行したスタイルがリバイバルしていると聞きました。このカルチャーについて聞いたことはありますか。
うん、深いところまではわかっていないけど、その言葉はよく耳にするね。
– このシーンにいるアーティストと関わりがあったりしますか。
そうだね。ちょうどニューヨークに引っ越してきたのが「Indie Sleaze」が盛り上がりを見せる直前の時期で。だから、その後そのシーンに入っていった人たちにはたくさん出会ってきた。でも僕としては自分の音楽が彼らや「Indie Sleaze」シーンの中にある実感があまりない。そういったアーティストとの繋がりはどちらかと言うと同じ街にいるということくらいで、一緒に制作をしたことがある訳でもないからね。
ニューヨークでのライブはかなり折衷的なところがあって、例えば対バンがあったとして、必ずしも両者が似た音楽性だからという理由で組まれている訳ではなかったりするんだ。
– UKだと似たテイストのアーティスト同士でイベントを開いたり、ある種“共鳴”のようなものがあったりするけど、今の話だとUS、とりわけニューヨークでは、音楽スタイルの差異はあまり関係ないということですよね。
シーンというもの自体はあると思う。でも少なくとも僕の経験上、ニューヨークで他の人たちとライブをした時、大体の場合まとまりがあるようには思えなくて。ブッキングする側も“よし、今回はガレージロックのバンド3組を並べました”みたいなことでイベントを組まないんだよね。各々が互いとは異なる音楽をやっていて、僕もそういう人たちとライブしたいって思うんだ。
UKに行った時もいくつかのショーではラップ、ダンス、ロックがごちゃ混ぜなラインナップのイベントがあったりしたよ。だから、そういうの光景ばかりを見ていると、むしろシーンはどのようにして生まれるのかすら疑問に思えてくるんだよね。「Indie Sleaze」の場合はある程度まとまりがあるから何かが違うんだろうね。自分の場合は逆に、似たり寄ったりしないように、違う路線・角度から音楽を作ることを心がけているんだ。もっと広い視野で。
− どの分類にも入らない、過程も問われない、そんな音楽を作りたい −
– アルバムの話に移る前に、まずはそれ以前のリリースについてお聞きします。2018年にBandcamp上で『a windy day』というEPをリリースしました。この作品はノイズ、音響、アンビエントを軸にしたものですが、当時の制作の方向性について聞かせてください。
EPのことを聞いてくれて嬉しいよ。誰も聞いてくれたことがないからね(笑)。この作品の制作時、僕はあることを考えていたんだ。それはあたかも“ワンテイクで録ったかのように素早く作り上げたかった”ということ。そして“どこか気取っていて気持ちの悪いサウンドを作りたかった”ということ。だからiPhoneのスピーカーでは聴けるけど、ヘッドホンでは聴きたくないような耳障りのもの。悪趣味だよね(笑)。
– いや、最初の作品ながら明確なテーマ設定がされていたことに驚きです。
全部パソコン内蔵のマイクで録音したんだよね。だからパソコンのファンの音も聞こえるかも。当時、人工的でグロテスクな音に魅了されていて、そういう様相がありながらも、なぜかピクニックで流していても違和感の無い音を作りたいと思ったんだ。
– 驚きました。確かにラフなサウンドですが、全てiPhoneのレコーダーとパソコンのマイクで録音していたとは思いませんでした。
そう、しかもかなり古いiPhoneで録ったんだ。2018年時点ですでにかなり古いモデルだった気がする。それも相まって相当ラフな質感になった。水中にいるような、変な感じになっているよね。
– その後もコンスタントに配信リリースを重ね、2022年には現在の方向性の原点とも言えるシングル「Ef」、そして「True Altruism」を発表しました。この二つのシングル以降、サウンド展開が大きく変わったように感じますが、何かきっかけとなったことがあったのでしょうか。
よく、バンドがエレクトロニックな方向に行った時や、エレクトロニック音楽をやっていた人がロックっぽいものをやった時、馬鹿にされることがあるよね。そういうのを見てきて、徐々に音楽性の区別だとか、自分がどんな人であるかの定義づけに対して否定的に思うようになってきたんだ。
どんな分類にも入らない。どのような過程でできたのかを問われない。そんな音楽を作りたいと思った。
– 音楽性を変えるということで、勇気は必要でしたか。
急激に音楽性を変えたわけではなかったんだよね。ニューヨークに移住してからライブをするようになったんだけど、最初は自分に自信をつける為にライブをしていた感じだった。視覚的に面白いパフォーマンスとかは特にせず、ただ演奏するだけ。ライブって人から見られるわけだから、その環境を居心地が良いのか悪いのかを確かめたりしていた。
– 制作、ライブと経験を積む中、今年、待望のアルバム『Your Day Will Come』を発表しました。ここから、今作はデビューアルバムでありながら、名門〈JagJaguwar〉からのリリース。まずはサイニングに至った経緯を聞かせてください。
「Ef」と「True Altruism」をリリースした後ライブを何回かやっていたんだけど、業界の人たちがいくらか見に来てくれて、契約のオファーをしてくれた。アルバムまでの間が結構空いてしまったのも、実は自分たち自身「誰と一緒に仕事するべきか」、何ならその前段階の「そもそも誰かと一緒に仕事したいのか」、それすらも定まっていなくてかなり悩んでいたからだったんだ。
やっと気持ちが定まった後も、契約の話とか複雑なことが重なって結果的にはリリースまでに時間がかかってしまった。今回のアルバムは全体を通しても「Ef」や「True Altruism」と似た温度感で作られたから、自分としては同じアルバムに入っていてもおかしくないと思っていたんだけど、現実そうは行かなかったね(笑)。
– 「Ef」「True Altruism」について、“何でアルバムに収録されなかったのかな?”という疑問の声もあったのでその背景がよくわかりました。先ほど、アルバムは〈Jagjaguwar〉へのサイニング前に完成したと話ていましたが、具体的にいつ頃だったのでしょうか。
よく、“一番良い曲はリリースされない”だとか“完成することがない”みたいなこと聞くよね。皮肉っぽいけど最初はこのアルバムもそれに近い状況だったのかもしれない。もしかしたら永遠にリリースされないかも、みたいな。
レコーディングのほとんどは〈Jagjaguwar〉から声をかけられるよりもずっと前に完了していた。その後レーベルに入って、ちょうどその時期のライブが少し激しさを増した時期だったことが重なって、アグレッシブな曲も入れたいと思い「Embarassed Dog」も加えたね。それから色々なことを調整していたら時間がかかってしまったんだ。音源はマスタリングされてから、期間にして1年くらい置かれていたかも。
– 1年も置いてあったとは驚きです。サウンドの鮮度は全く落ちていませんね。
– 〈Jagjaguwar〉と言えば、Bon IverやAngel Olsenなど、名だたるアーティストが在籍していることで有名ですが、あなたのレーベルに対する印象、そして好きなアーティストを教えてください。
僕と同じタイミングでレーベルに入って、この前アルバムを出したAnastasia Coopeはすごく好きだね。彼女の曲、そして音楽に対するアプローチが本当に好きなんだ。彼女ともお互いが好きな〈Jagjaguwar〉のアーティストについて話していたんだけど、僕ら2人とも、カナダのWomenというバンドが好きという話になって。Velvet Underground とかBeach Boysを彷彿とさせる、過去と未来が融合したようなサウンドが素晴らしいんだ。
〈Jagjaguwar〉の印象で言うと、常に自身の作品で違うことをやり続けているアーティストが多いということ。例えば Bon Iverは、初期のアルバムと今とでは全く違うよね。僕がこのレーベルに最も興奮するのは、具体的なもの、ジャンルがある訳ではないのに、すべてが何かで結びついているように感じること。それはきっと自分の音楽のアプローチもそうだから。はっきりとは説明できないけど、確かにその存在を感じることができるんだ。
– 近くにそういったアーティストがいるということは、音楽制作において重要ですか。
そうだね。時々“わからない奴は置いてけ、全て終わらせてやる” みたいなモードに入ることがあるんだよね。衝動的に。だから、もう少し冷静に僕のことをプッシュしてくれる人が必要なんだと思う。
「Idea June」で、ライブでも一緒に演奏してくれているMayaとコラボしたのはそういうこと。アルバムに参加してくれたZachも、今はすごく親しい関係性で、この2人は作品をより良いものにするためにとても重要な存在だと思っている。だから、森の中で一人で音楽を作るようなことはしたくはないね。
− 「死」は誰にでも訪れる、だからこそ考えるべきテーマ −
– 『Your Day Will Come』はメディア各所でも高評価を獲得しており、その反響は大きいと思います。率直な感想として、今の状況をどう感じていますか。
リリースをもって世界中でライブができるのはとても幸運なことだと思う。それと、自分のやっていることに興味持ってくれたりワクワクしてくれる人がいるって、本当に嬉しいしありがたいね。この前もポルトガルの人からメッセージをもらったよ。
いつか音楽を生業にして、本当にそれだけに没頭できる日が来ることを望んでいるね。
– 直近だとアルバムリリース後に、Mount Kimbieとツアーを回っていましたね。
そうそう。最高だったね。彼らからは多くのことを学んだ。Mount Kimbieって音楽制作もコラボも、全てにおいてアプローチが素晴らしいと思う。それにどれも上手くこなしている。ツアーはとにかく忙しいしハードで、楽しむことが時に難しく感じることもあるんだ。そんな中でも彼らは一生懸命楽しむことも大事にしていて、それはきっと彼ら自身が自分たちがどれだけラッキーなのかを理解しているからなんだと思う。いつも喜びに溢れていて、人生はしんどいことばかりじゃないんだってことをすごく感じたよ。
– プレスリリースを読みました。今作のタイトル『Your Day Will Come』には2つの側面があると書かれていました。一つは“いつか良い日がくるだろう”という肯定的思考。もう一つは「あなたの日=死」という悲観的思想。未来に進む為には、自身に取り憑いた過去の記憶や感情を詰め込むことが必要であったとも説明されていました。最初のアルバムでありながら、このようなテーマ/コンセプトを設定したのはなぜでしょうか。
実は今回の作品について、1stアルバムになる想定では書いてなかったんだ。というのも、削除したりリリースしなかったりはしたものの、過去にアルバムは作っていたから。今作はどちらかというと、今の自分の現在地を表現したものに近いね。
タイトルの「Your Day Will Come」というフレーズについて時々考えることがあるんだけど、実のところ、プレスリリースの説明のような2つの考えに縛って考えてはいない。僕の中でこの言葉が持つ意味は“何が来るかわからないけど、必ず来る”。それくらいの抽象度だから、二者択一ではない。アルバムテーマは作り始めの段階では漠然としていた。制作を進めていく中で、“これだ”と感じる歌詞が増えてきて、やがてそれらが「死」というテーマに傾倒していった気がする。
– 普段の生活からも死への意識を持つことはありますか。
はっきりと意識したりはしないね。自分は陰鬱な人間でもないし。
たまに曲作りをしていて、自分自身を掘り下げすぎると、“こんな風に曲を書く必要があるのだろうか?”、“ここで何を言おうとしているのだろう?”って感じることがあるんだけど、そんな中でも「死」というのは大きいもので、誰にでも訪れるものであるからこそ考えるべきテーマだと思うんだ。今回のアルバムも世界の人たちや僕の人生そのものに捧げられているようなものだ。
– 今回のアルバムの楽曲で特に面白いと感じたのが、ほとんどの楽曲が一人称の「I」と「You」という登場人物で構成されており、メタ的な視点であったり、景観的な表現が限りなく排除されていた点です。この「I」、おそらくはShaneあなた自身の視点だと思うのですが、について、そして作詞について詳しく聞かせてください。
僕の 「I」の使い方はとても流動的だと思っている。映画のシーンとかでよく見る、鏡の中の自分を鼓舞するようにに語りかけるシーン。あれって、“自分”、すなわち「I」に話しかけているけど“鏡の中に映し出された自分”という“あなた”、すなわち「You」と会話しているようにも捉えられる。そんな感じで、このアルバムの歌詞もそのような柔軟性があると思うんだ。
それと、ある意味当たり前のことなんだけど、「独り言」って自分自身に話すものだから、当然十分理解しているものとして主語や文脈を飛ばすよね。アルバムではそんなことも考えながら、具体的な“誰か”を指すのではなく、どこかふわっとした“私”や”あなた”を曲の中に意識的に置いたんだ。
− 「混乱」から始める −
– アルバム全体を貫く未完成感と不穏なムードはどこかAlex Gのそれと共鳴する部分があると思いました。それはまるで画質の悪いホームビデオを見返しているような。サウンドやテクスチャーにおいて、特に意識したことはありますか。また、そうした音の表現を通してリスナーに届けようと思ったことはありますか。
サウンド面で取り組んだことの一つとして、フリーなもの(又は限りなくフリーに近いもの)と、高価なものを組み合わせる試みをしたんだ。
アルバムではバイオリンを取り入れたんだけど、演奏してくれたZachは3歳くらいのときからバイオリンを弾いていて、オーケストラでの演奏経験もある実力者。ピッチも完璧。最高のバイオリニストだね。彼の美しい演奏にフェイクのバイオリンの音も重ねたんだ。元々美しいものを意図的に歪ませたり、引き伸ばしたりすることで、ある種の「混乱」を生み出した。
僕にとって「混乱」から制作を始めるというアプローチは作り手、そして聴き手としてもすごく大事にしていて、こうすることで自分自身や世界のことについてより広い視点で捉えられるようになるんだ。
– アナログとデジタルを巧妙に組み合わせながら構築していくとは、とても面白いプロセスですね。そんな今回のアルバム、次があるのではないかと期待させてくれるような「余白」を随所で感じるのですが、Chanel Beadsとして次作の可能性はあるのでしょうか。
うん、できるだけ早くChanel Beadsで次のアルバムを作りたいと思っているよ。すでにアルバムからそれほど離れていないような曲で、すぐにでも出したいものがあってね。他にもアルバムが出る前に完成させた曲がいくつかある。最近ギターに夢中になっているのもあって、ギターが起点となって制作がスタートした感じ。とはいえ、さほど“ギターアルバム”って感じではないんだけどね(笑)。
作曲していると今まではサウンドに集中してしまっていたんだけど、今はどちらかというと曲の構造そのものに興味があるんだ。だから今後はそういうところに重点を置いた楽曲がChanel Beadsとしてのアルバムは今後も間違いなく出るよ。この活動は僕の分身みたいなものだからね。何もやらないなんてことは考えられない。
– 今、作曲の話が出ましたが、作詞はいつも詩とメロディーのどちらから作り始めますか?
メロディかリズムから入ることが多いかな。それから歌詞。リズムのようなものがないと、オープンエンドになりすぎてしまうことがあるんだ。でもビートがあれば、すぐにエネルギーが湧いてくるし、その瞬間に感じていることを歌詞に落とし込んでいくことができる。
– インタビューも間も無く終わりです。今後挑戦してみたいことを教えてください。
もっとスタジオに入って、他の色んな楽器の演奏者たちとコラボしていきたいな。今回のアルバムはPCで制作されていて、その方法はとても気に入っているし今後も諦めたくないと思っている。ただ、他の人の演奏を録音して、それを使って作業するのも面白いと思っていて、今後はその方法もやってみたいね。
– 最後に、日本の読者へメッセージをお願いします。
メッセージか。こういうのちょっと苦手なんだよね(笑)。曲とか送れたら良いんだけど。
そうだね、もし僕の音楽を気に入ってくれたなら、それがあなたを慰めてくれることを願っています。あと、日本盤のCDにしか入っていない曲が2つあって、それは是非チェックしてほしいな。最後に告知してごめん。またね。