ドイツ・オスナブリュック出身のアーティスト、Silke Otto-Knapp(シルケ・オットー・ナップ)の個展がタカ・イシイギャラリー京橋にて開催される。会期は8月1日(土)から9月19日(土)。タカ・イシイギャラリーでは8年ぶり4度目、没後初となる本展では、2006年から2019年までに制作された作品約8点が展示予定だ。

私は実際の小道具や舞台背景を描くことに興味があるのではなく、それらの精神を一種の距離感を生み出す装置として自分の絵画に適用している。絵画は依然として月明かりに照らされた風景として機能するけれど、視点が微妙に変化している、と言えば分かりやすいだろうか。
—— Silke Otto-Knapp

INTERVIEW – Ten Questions: Silke Otto-Knapp
(Interviewer: Pernille Albrethsen / Kunstkritikk)

Otto-Knappの絵を前にするとまず気づくのは、そこに描かれているものよりも、描かれていないものの存在感である。彼女の絵の中の人物たちはいつも輪郭だけで佇んでおり、顔を持たず、ある振付の途中で時間が止まったかのように静かに息を潜めている。Otto-Knapp
の制作は、塗ることと同じくらいに消すことに重心があった。水彩絵具の支持体である紙を「illustrational(説明的すぎる)」として避け、代わりにキャンバスの上に水彩絵具やガッシュを塗り重ね、剥がすという独自の技法を用いた。絵具の顔料がキャンバスの表面に浮かび上がり、彼女はその分離した顔料をキャンバスの他の部分に移動させたり、水や乾いた布やスポンジを使ってその顔料を取り除くことによってウォッシュとレイヤーを密に繰り返す。それらの痕跡が堆積することで無数の階調へと分かれてゆき、暗闇のようなネガティブな空間が生まれ、それらを背景にモチーフである人影や風景の輪郭がゆっくりと浮かび上がってくる。描くという行為が、ここでは消去という行為と分かちがたく結びついており、この過程を経てモチーフと画面の間に高い緊張感、表面と奥行き、透明性と不透明性が生まれる。この絵画空間における両義性が、作家のアプローチの核心にあった。

主題として Otto-Knapp が繰り返し選んだのは、パフォーマンスと身体である。バウハウスの舞踏家 Xanti Schawinsky(クサンティ・シャヴィンスキー)、Yvonne Rainer(イヴォンヌ・レイナー)や Trisha Brown(トリシャ・ブラウン)といったポスト・モダンダンスの先駆者の振付けや、Rainer Werner Fassbinder(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー)の映画を舞台化した演劇の場面などが繰り返し作品に参照されている。本展で展示される大型の作品「Moontrail (Trio A) (2010)」のタイトルは、Rainer が1966年に初演した代表作「Trio A」より引用されている。月の光が作り出す軌跡(trail)という、月の光と振付という身体運動をひとつの絵画の中で重ね合わせたこの作品は、奇妙なことに、モチーフは静止しているのにどこか揺らいでいるようにも見える。あるいは、写真の粒子感、色褪せが絵画的に翻訳されているようにも見える。

2006年に制作されたダンサーを描いた作品群は、いずれも銀色、白色、灰色、薄茶色などの限られた色調のグラデーションが、光で構成された舞台空間のように画面に繊細な輝きを与えている。「Lilac Garden (2) (2011)」は、76点からなる版画連作シリーズ「Lilac Garden (Rehearsal) (2011)」の一部である。Antony Tudor(アントニー・テューダー)のバレエ作品「Jardin aux Lilas(ライラックの庭、1936)」がタイトルに引用されている。物語によってではなく、姿勢・視線・微細なジェスチャーといった身体言語によって心理を表現するという、20世紀バレエにおいて画期的であったこの舞台の視覚言語の脱構築、再構築という主題への関心が、この時期の彼女の制作にあったことがうかがえる。

Otto-Knapp は振付師の Michael Clark(マイケル・クラーク)の仕事に強い関心を抱いていた。Clarkの振付けはクラシック・バレエを形式言語として用いるが、制作過程でその規律が転覆したり、修正されたりすることで相反する概念が生み出され、それらが複雑な緊張関係をもって共存しており、そのことに魅了されるとインタビューにおいて語っている。これは彼女の絵画に対するアプローチと共振しているといえるだろう。

風景を描くときも、Otto-Knapp は身体や舞台を描くときと同じ眼差しを向けていた。彼女が後期に描いた人物のいない静謐な風景画、本展で展示する「Rainbow (2019)」や「Birds and waves (2019)」においても、図(ポジティブ)と地(ネガティブ)が絶えず変換するような気配が漂っている。
作家の死後、彼女の作品は一連の個展や批評活動を通して注目を集め続けている。そして、同世代、若い世代に創造的な視点を与える存在としての影響力もますます高まっている。


Silke Otto-Knapp


Silke Otto-Knapp